2018年5月12日土曜日

はり新の観光案内(砂かけ祭で有名な廣瀬大社@河合町)

●大和盆地を流れる総ての河川が一点に合流する地に祀られた「廣瀬大社」にお詣りしてきました。こちらは奇祭・砂かけ祭でも有名な神社です。

この日は桜が満開。さらさらして綺麗な砂浜のような砂と満開の桜、とても綺麗な境内を独り占めでした。

●奈良町からJR線を使って1時間ほどの距離ですが、お詣りする機会のなかった廣瀬大社にやっと行くことができました。社務所で頂いたパンフレットを読むと『廣瀬神社の鎮座地は佐保川、初瀬川、飛鳥川、曽我川、葛城川、高田川等大和盆地を流れる総ての河川が一点に合流する地で、御主神「若宇加能売命(わかうかのめのみこと)」は水の神として祀られています。五穀豊穣、水難鎮護、産業興隆、河川交通安全、安産、除災招福等、多方面にわたる御神徳がある』とのこと。(廣瀬"大社"、廣瀬"神社"二通りの表記が混在していますが、細かなことは気にしないようなおおらかな雰囲気の神社です)

 主神・若宇加能売命は別名を豊宇気比売大神(伊勢外宮)・宇加之御魂神(稲荷神社)、廣瀬大忌神とも呼ばれ、龍田風神(龍田大社)と深い御縁があるそうです。

 「巡る奈良」webサイト(→ 巡る奈良へ)には宮司さんのお話として、廣瀬大社についてもう少し詳しい説明が載っています。天武天皇が、風水を治めれば天下が安泰するとして龍田大社(龍田風神)と一対の社としてお祀りされたのが始まりのようです。社殿が川の中州の柔らかい砂地に建つためか、今でもあちこちで陥没して建物がゆがむそうです。境内をあるいてみると柔らかい砂地を実感できるので、この話も納得できます。

 今まで奈良県内で水神を祀る神社(丹生川上神社、室生龍穴神社)にお詣りして来ましたが、廣瀬大社の神様は雨を降らしたり止めたりする神ではなく、川が安定して流れるよう洪水が起こらないようにして人々の暮らしを護って下さる神様のようです。


 廣瀬大社といえば、毎年2月11日に執り行われる「砂かけ祭」が有名ですが、正式名称を「御田植祭」といい、砂を水(雨)の代わりに投げて五穀豊穣を祈願するもののようです。田植えの4ヶ月も前に「御田植祭」があるのも面白いですね。
JR法隆寺駅南口には『官幣大社 廣瀬神社』
神社近くの道路脇から見た河川の合流点。この少し上流でも数本の河川が合流しています。総ての河川が合流した後、大和川はこの先で亀の瀬を抜けて大阪平野へと続きます。

稲荷社

 
祖霊社


日吉社



一ノ鳥居から二ノ鳥居に至る参道
風が通り抜けて気持ちいい
神馬舎。やはり水の神を祀る神社には馬を奉納した名残があります。丹生川上神社で聞いた話では古代、水の神に願い事をする際には馬を奉納したそうですが、馬を生け贄にするのは負担が大きすぎるとの事で後々"絵馬"に変わっていったとか。
満開の桜を独り占め
帰りに鳥居前から振り返ってみました
本当に気持ち良い神社でした








2018年3月23日金曜日

掲載誌のご紹介(「ならり」奈良の観光情報誌/奈良市観光協会)

● 奈良市観光協会発行の情報誌「ならり」で当店をご紹介頂きました。観光案内所などで無料で入手できるようです。
ぜひお手に取ってください。

今春号のサブタイトルは"奈良の春色みつけて染まる"
桜スポット&イベントが特集されています
後半には秘仏・秘宝の特別公開スケジュールと各社寺への
アクセスも掲載されています


面白そうな企画を見つけました
元興寺の国宝禅室屋根裏探検!!
8年ぶりの企画ですね



2018年3月2日金曜日

はり新の観光案内(「かみつみち弁当」を持って上ッ道を歩く)

●歴史好きの方ならご存知でしょうが、約1400年前の奈良盆地には南北方向に上ッ道、中ッ道、下ツ道の三本の街道がありました。かみつみち弁当の「かみつみち」とはこの上ッ道の事で、当店の前の道が上ッ道(後の上街道)の出発点にあたります。中世から近世にかけて京の都からたくさんの人々が「初瀬詣」「伊勢詣」のためこの街道を行き来したそうです。柳生街道への出発点でもあった奈良町には、昔はたくさんの旅篭が軒を並べて大変にぎわったようで、毎日のように旅篭で作ってもらった弁当を持って初瀬や伊勢、大峰山に向かって出発していく旅人の様子が目に浮かびます。

 現在、当店のかみつみち弁当は奈良に因んだ料理を詰め込んだ松花堂弁当としてお出ししておりますが、江戸時代のお弁当と言えば竹皮で包んだシンプルな"握り飯"だったのではないでしょうか。
想像で"復刻かみつみち弁当"を作ってみました。
江戸時代には、奈良町の旅篭で作って貰ったこんな弁当を持って旅人が出発していったことでしょう。

かみつみち弁当
 少し昔の旅人の気分を味わってみたいと考え、竹皮で包んだ江戸時代風の握り飯弁当を持って上ッ道を南下してみることにしました。

早朝、玄米を炊いて握り飯を作りました。江戸時代後期には一部では白米が流通していたそうです。少ない薪で炊くことの出来る白米の方が経済的だったようですが、今回は強いて玄米を炊きました。出発点は当店前とします。
まずは奈良町の御霊神社さんに道中の無事を
お祈りしました

出発から約45分で帯解寺を通過
順調です

さらに櫟本で楢神社を通過(銅板製の鳥居が珍しい)
上ッ道沿いには神社とお寺、それに郵便局が多い
その代わりコンビニがなく自販機も少ない
さらに南下して古代の街道"北の横大路"を横断します

上ッ道と北の横大路の交差点から東を見てみます。遠くに和爾下神社(古代豪族・和爾氏の氏神)の鳥居が見えます。古代の奈良盆地には南北方向には上中下ツ道の三街道、東西方向には横大路、北の横大路の二街道がありました。
ならまちを出発して2時間弱で天理駅到着
駅前広場"コフフン"で小休止してみましたが強い北風に 耐えられず、すぐに出発
天理駅で見つけた貼り紙
上街道(上ッ道)を大切にして頂くと
勝手に感謝したくなりますね(笑)
天理から南には"昭和レトロ"な雰囲気が残ります

天理の南、上ッ道から東の山々をパノラマで撮影。建物が少し視界に入りますが、山々の姿は古代と変わらないでしょう。昔の旅人も同じ景色を見ていたのでしょうか。



  出発してから3時間強、柳本駅近くでお腹が空いてきたので、山辺の道沿いに建つ天理市トレイルセンターまで移動してお弁当タイムとします。

上ッ道から15分ほど東に登って天理市トレイルセンターに到着。本日のメイン"復刻「かみつみち弁当」"を食べます。蕗味噌入りの玄米握り飯と真菜めはり。真菜めはりは奈良の郷土食で、塩漬けにした大和真菜の葉でおにぎりを包んだもの。「目をむく(目をはる)美味しさ」や「食べる時に大きく口を開けると眼も大きく見開く」から"めはり"と呼ぶらしい。あしらいは、椎茸含煮と1年半前に漬けた申年の梅干し、それに胡瓜の糠漬けと奈良漬け。
今から旬を迎える蕗の薹

細かめに刻んだ蕗の薹と
自家製味噌を使った蕗味噌


古代チーズの"蘇"も持って行きました。奈良時代には貴族だけが食べることを許された珍味で滋養強壮の薬とも考えられるとか。古代のサプリメントと考えても面白いと思います。市販のミルクキャラメルほどの大きさの蘇を2個食べると充分な満足感が得られます。



天理トレイルセンター周辺からは古代の貴重な品々が
見つかっています。それら出土品の一部がこちらの建物には展示されています。

  復刻「かみつみち弁当」と「古代チーズ 蘇」で十二分に英気を養って更に南に進みます。竹皮に包まれた玄米握り飯を食べる私を興味深げに見つめていたハイキンググループが印象的でした。
 
大神神社大鳥居のすぐ東側を通過
ここまでくればゴールは近い
ここまで奈良町から5時間

今回は桜井駅の東側、初瀬街道との接合点をゴールとしました。この踏切を渡って左に進めば長谷寺、そしてお伊勢さんへと道は続きます。

   私の足で奈良町から桜井まで5時間半(途中でトレイルセンターに移動して昼食を食べたので)、実質5時間弱の移動でした。かつての旅人が早朝に奈良町を出立したら正午にお弁当を食べた場所は長谷寺近郊だったのではないでしょうか。



2018年2月28日水曜日

はり新の観光案内(山辺の道 その3/円照寺〜新薬師寺、春日大社)  

●2回で完歩する予定だった山辺の道、今回で3回目。歩き残した円照寺から北側に向けて進みます。

前回の中断ポイント(山町の万葉歌掲示板)まで戻りました。この辺りにもたくさんの万葉歌掲示板が建てられています。→ 山の辺の道(奈良道)を守る会 webサイトへ

山辺の道はこの鳥居から茂みの中に進みます。事前に調べておかないと見落としそう。

鳥居の先は石段から土道となり、道幅が狭くなって少し心細くなる。しばらく歩くと円照寺の参道に繫がる。円照寺は華道・山村御流のお家元、当店のお花もこの山村御流。こちらは通常非公開なので山門から中には入れません。山門前で手を合わせて一礼の後、Uターン。


参道から北側で一部通行禁止。
枯木が多く倒木や落木の危険があるそうです。


この辺りはイノシシ害が多いのか、あちらこちらに防護柵
崇道天皇陵の前を通ります




池の表面には氷がはっていました
この日は寒い!!

島田神社


白山比咩神社


視界が開けました。遠くに矢田丘陵と生駒山が見えます
青空の下、畝が幾何学的な模様に見えて美しい



桜井からここまで何度か竹林の中を通過しましたが
ここは歩きやすい。風が通り抜けるため爽やかです。
ここまで来たらゴールは近く、気持ちも軽い


八坂神社。神社前を素通りするつもりでしたが何となく気になって境内に入ってみて小休止。あまり広くはない境内ですが、落ち着いた雰囲気が良い神社。朱塗りの神殿も良いが、大樹を背負うだけで飾り気のない神社が大好きなので嬉しい発見でした。


白毫寺、奈良盆地を見渡せる高台にある古刹で、1月に行われる閻魔詣が有名です。白毫とは仏の眉間にあって光を放つという渦巻き状の毛のこと。   


ここを右に進むと円成寺、若き頃の運慶が彫った大日如来坐像があまりにも有名。


新薬師寺への道標がでてきました


南都鏡神社

新薬師寺。"新"は"あらたかな" という意味で西ノ京の「薬師寺」とは直接は関係ないそうです。創建当初は金堂、東西両塔、七堂伽藍が建ち並ぶ大寺院でしたが、現在は本堂(国宝)と南門、東門、地蔵堂、鐘楼が残るだけです。ご本尊の薬師如来坐像とその周囲を護る十二神肖像が圧巻で、数年前に御堂内の照明をLEDに変えてから像に重厚感が増えました。照明が変わるとこんなにも違うんだと感動した記憶があります。近いうちに、当ブログでもご紹介したい寺院のひとつです。

不空院さん前を通過。こちらには素晴らしい不空羂索観音さんがいらっしゃいます。東大寺法華堂、興福寺南円堂の不空羂索観音さんと共に「三不空羂索観音」と称せられるようです。春秋の特別公開の時期以外に拝観しようとすると事前予約が必要です。(拝観時はスコープがあると良いと思います)

不空院を過ぎると鹿が待っていてくれました
鹿を見ると帰ってきた感じがして安心

高畑界隈から"奥の院道"を通って春日さんへと向かいます

春日大社南門(重文)まで帰ってきました
山辺の道の南端は"仏教伝来の碑"のようですが
北端はどこでしょうか。白毫寺が北端とする人もいますが私にはしっくりきません。滝坂の道との接続点が北端なのでしょうか。しかし、ハイキングコースとしては春日大社や東大寺まで奈良公園内を歩いた方が楽しいですよね。
 上ッ道、下ツ道は歴史的に重要な街道で私は大好きですが、純粋にハイキングを楽しむには山辺の道の方が良いですね。次は万葉集についてもっと知ってから歩いてみたいと思いました。