2017年9月6日水曜日

はり新の観光案内(新日本三大夜景のひとつ 若草山から望む奈良市の夜景)

●新日本三大夜景のひとつ 若草山から望む奈良市の夜景をご紹介。山頂まで自動車なら奈良町から20分ほど、徒歩で行くなら登山口から山頂まで35〜45分ほどの距離です。(→ 若草山登山の記録

 若草山の中腹から山頂にかけては、夕暮れ時にもとても魅力的な写真が撮れます。特に"夕焼けを背景にした鹿の写真"を撮影する聖地になっているようで、綺麗な夕焼けがみえる日には多くのカメラマンで賑います。




●新日本三大夜景は「新日本三大夜景・夜景100選事務局」が2003年に発表したもの。他の二つは笛吹川フルーツ公園から望む甲府盆地、と皿倉山から望む北九州市。

 山頂まで夕暮れ直前に徒歩で登ってくる人も居ますが、若草山に慣れない人にはお勧めできません(夕焼けだけ楽しんで夜景は諦めましょう、帰るとき登山道は真っ暗になります)。

山頂には広い駐車場が用意されています

若草山山頂まで車で行くには通行料として520円必要です。駐車場から山頂まで5分ほど歩きます。山頂までの遊歩道には照明が用意されています。

 鹿についての注意書きがありました。若草山山頂の鹿は興福寺や東大寺境内にいる鹿とはグループが異なるといいます。こちらのグループは人に対する警戒心が強いので必要以上にスキンシップを求めると露骨に嫌がります。この注意書きを見て鹿について少し確認しておきましょう。
「奈良公園の鹿は野生動物なので、時として人を攻撃することがあります」

駐車場から5分ほど歩くと山頂に着きます。
この日は平日だったので空いていました。


この日は遠くの山々が霞んで見えました。まず、南西方面を撮影。手前が奈良盆地、遠くに見える谷間が "亀の瀬"。約200万年前にここが地滑りを起こして奈良湖の水が流れ出し、後に今の奈良盆地が生まれたという話を聞いたことがあります。

最近は結婚式の前撮りで山頂を利用する人が多いようです。手前は、奥の砂地で休んでいたところを撮影のために追い出された鹿たち。暫くこの辺りでふてくされていました。


定位置を追い出されてから私の手元をジーッと見つめています。どうやら目当ては、夜景の撮影に備えて私が食べているパン・・のようです!?(鹿ってパンも食べるのでしょうか?鹿せんべい以外は絶対に与えてはいけません)


隙をうかがっていたようですが、すぐに諦めてくれました。暫くの間、私と一緒に前撮り風景を眺めていましたが、飽きてしまったのか詰まらなさそうに山を下りていきました。

鹿の相手をしてる間に日没時間を迎えました。夕焼けを期待しましたが、この日はダメでした。


山の中程に見えるのが若草山登山道です。日が沈んだ頃に徒歩で登ってくる人もいます。夕焼けと夜景を見るために登ってくるのですが、帰りは真っ暗道で大変でしょうね。

街に灯りが灯りはじめました

画面正面は方角では"西"。正面に見えるのが生駒山、
その手前が奈良盆地。生駒山を越えると大阪府。
画面右手に行くと京都府、画面左が奈良盆地南部の
大和郡山、桜井、橿原。
こちらは奈良と京都の府県境、精華町、
京田辺方面です。短時間ですが空が綺麗に
色づきました。


日が沈んで奈良盆地の夜景が輝き始めました。神戸や大阪に比べると光量では劣りますが、視界を遮るものがないので光の広がりを感じます。画面右手に縦方向に走る光が一条通。一条通の先(西側)で光が途切れるあたりが平城京跡。一条通と並行して画面中央から生駒山に走る光が大宮通。その少し左が三条通。中央から左に(一条通、三条通と垂直に)走る光が国道24号線(下ツ道のバイパス)で、このどこかに羅城門跡があります。


南方面を見てみます。画面右側が大和郡山と天理の街。
中央から左にかけて橿原と桜井の街が拡がります。
画面右手の山が金剛山、その中腹にあるのが高天彦神社と
高鴨神社。画面左の光の塊が桜井市でその近くに大神神社があります。さらにその先に多武峰があって、そこにあるのが談山神社。

振り返ると東の花山から満月が登ってきました

若草山山頂の中でも一番高い丘のてっぺんから撮影
天の川のように光の粒が拡がります

とっぷり日が暮れました。山頂はカップルだらけになってしまいオジサンには居場所がないので帰ることにします。山頂から駐車場までは足元を照らすライトが完備されています。"安心して夜景を楽しんでね"という奈良市の心遣いでしょうか、嬉しいですね。

山頂から駐車場までは灯りはついていても、遊歩道を逸れるとそこは原始林です。昼間はウロウロしていた鹿も、この時間にはどこにいってしまったのか。暗闇でガサガサッて音がして何かが蠢めいていました。ドキドキしながら駐車場まで早足で歩いていると、サギが「キャーーーーッ」って悲鳴のような声で鳴くので跳び上がってビックリしました。下山するドライブウェイには街灯がないので真っ暗です。真っ暗な中、イノシシ4頭が縦一列に並んで道路中央を散歩しているのを見て再びビックリしました。





掲載誌の紹介(おとなのエルマガジン「日帰り&1泊2日 おいしい旅」)

●京阪神エルマガジン社から発売された「おとなのエルマガジン 関西から行く 日帰り&1泊2日 おいしい旅」に当店を掲載していただきました
伊勢、淡路島、篠山、宇陀、松坂、堺、岡山、宮津、
徳島、小豆島、高知、富山、広島、鳥取、和歌山などの
15コース。味と宿 、 立ち寄りポイントの紹介を
110ページにギッシリ詰め込んだMOOK本。

●奈良のサブタイトルは『カクテルの街のホンモノの味、周遊』。奈良ホテル「THE BAR」、Bar Fiddich、いづみ、LAMP BAR、竹の館、居酒屋「蔵」、きたまち スマガザン、今西清兵衛商店の皆様と一緒に掲載していただきました。
世界王者 金子氏(ディアジオ ワールドクラス2015)
一緒に掲載していただきました 光栄です!



当店は、かみつみち弁当と飛鳥鍋の組み合わせをご提案させていただきました。

手前味噌で恐縮ですが、ウチの飛鳥鍋は美味いです(笑)
世界王者のカクテルの"前座"としてお召し上がり頂いても
遜色ありません!(* 飛鳥鍋は前日までの予約制です)

エルマガジンお勧めのコースです。当店も美味しい奈良の地酒を置いております!あとでBARに行くからって
アルコールを控えないでください(笑)







2017年8月29日火曜日

はり新の観光案内(天河神社@天川村)

●先日、天川村の天河神社(天河大弁財天社)に行ってきました。十津川村の玉置神社とおなじく、こちらも『縁が無いと辿り着けない』と言われる神社で、ネット上では摩訶不思議な体験談の書き込みが多いところです。日本三大弁天のひとつに数えられると同時に芸道の神としても尊崇されているため、芸能人がお忍びでお詣りする神社とも聞きますが、今回は残念ながら誰にも会えませんでした(笑)
天河神社、通称 天河大辨財天社


●奈良県吉野郡天川村は村のHP(http://www.vill.tenkawa.nara.jp/)にも書かれているように『温泉・キャンプ・釣り・星空が堪能できる観光地』としてPRされています。天河神社はその天川村のほぼ中央に位置し、奈良町から京奈和自動車道を使って車で約1時間20分の距離ですが、道中のトンネルは広く明るく快適なドライブでした。道中トラブル無く天河神社に到着できたので『ご縁があったんだ!』と単純に大喜びしながらの参拝でした。(音楽・芸術の神様ということで、今回の参詣は吹奏楽を○十年嗜む当店女将のたっての希望によるものでした)

天河神社を正面から撮らせて頂きました
 御祭神は市杵島姫命(いちきしまひめのみこと)で水の神であると同時に弁舌・才智の神、音楽・芸術・芸能の神、財宝の神としての御神徳があるそうです。こちらの神社は役行者が霊山大峰の開山拠点としたので大峰本宮とも言われるそうです。奥宮が弥山(みせん)山頂にあるようですが、天河神社だけの参拝なら境内はそれほど広くないので、神社の雰囲気を味わいながらゆったりと散策する気持ちで望まれるといいと思います

 境内の階段最上部には大屋根に覆われた拝殿がありますが、そこに祀られる御祭神の正面には能舞台がありました。この大屋根の下にいるだけで何かに守られているような安心感がありました。この空間がとても気持ちよくて、このまま一日中座っていたい気持ちになりますね。
拝殿は大きな屋根に覆われています。本殿に対して正面には能舞台があり7月の例大祭や春秋の大祭には能楽奉納があります。

 拝殿の上を見ると有名な五十鈴がありました。まず、縦方向に振ってみましたが鳴りません。縄が太いのと鈴まで距離があるので中途半端では力が伝わってくれません。円を描くようにブンブンと廻してみましたが鈴が共鳴してくれません。私にはセンスが無いようでした。

 ネットの書き込みを読んだり「縁が無いと辿り着けない」などと言われると、背筋がピンと伸びるような神々しい空気の神社を想像していましたが、私には居心地の良い優しい空気の神社でした。

 参拝の後は近くの洞川温泉へ直行です!


こちらが五十鈴


正面右手には稲荷神が祀られています。
 天河神社の近くには避暑地で有名な洞川温泉があります。帰りは洞川温泉で美味しい鮎を食べて帰ってきました。(みたらい渓谷にも立ち寄りましたが、駐車スペースがなくてこちらは断念)
 天川村といえば名水「ごろごろ水」も有名です。次回は水を求めて行きたいと思います。

帰りに洞川温泉に立ち寄って、奈良県民の常備薬 陀羅尼助
購入しました。「だらにすけ羊羹」も買いました!!







 

2017年8月21日月曜日

はり新の観光案内(高天彦神社@葛城古道)

●奈良県御所(ごせ)市にある高天彦神社に行ってきました。古事記の中で神々が住まう天上界「高天原」のモデルとも言われる地で、最高神 高皇産霊神(タカミムスヒノミコト)を祀る素晴らしい古社です。

金剛山登山道から見た高天彦神社への参道です。
杉並木の向こうに社殿が見えます。参道の奥に社殿、そしてさらに奥には御神体山である白雲嶽がそびえ、その周囲は神さびた厳かな空気を醸しています。


●難しい説明は後にして・・。
 こちらは真夏に参拝するには最適な神社だと思います。奈良盆地に対して2~3℃ほど気温が低いうえに山から吹く風が気持ち良く、清々しい境内でした。

 高天彦神社はパワースポットとして話題に上ることが多いようですが、私が訪れた時は登山者が多く、どちらかというとパワースポットハンターが集う神社というより山中の安全を請け負う登山者のための神社という印象でした。境内の東屋ではご老人がお一人、読書を楽しまれていました。山を少し下ったところに住んいらっしゃるが、真夏の昼は神社に涼みに来ることが多いとか。神社のこと、山のこと、周辺のお寺についてお話ししてただきました。
 
 こちらは交通の便がよいとは言い難い立地にあるのですが、それ故に自然が残っていてます。桜井の大神神社と同じく御山をご神体とする原始信仰の形を取りますが、人の手が入ってない部分が多いためより神々しい雰囲気が漂います。

 私にはパワースポットの感覚はよく解りませんが、この神々しく清々しい気持ちがそれかもしれませんね。秋には臨時バスが出て参詣も容易になるそうですが、小さくても神々しい雰囲気で観光客の少ない神社がお好みなら真夏に参拝されることをお勧めします。境内でゆっくりと考え事をするのにも良いと思いますよ。

 なお、こちらには神職の方は常駐されていませんので、御朱印は近くの高鴨神社で頂くこととなります。

●御所市と高天彦神社について調べてみました。

 御所市は奈良盆地西南部にあり、金剛山・葛城山から平地に繫がる緑豊かなところです。ここには5世紀頃、大王家(のちの天皇家)と両頭で大和政権を担っていた葛城氏の本拠地があり、山の麓は神々を祀る聖地であったと考えられています。

 金剛山の中腹にある高原台地は古くから高天と呼ばれ、これが「高天原」の伝承地ともいわれます。古事記で神様たちが住まう天上界とされる場所ですね。この高天に於いて神々の祖神とされる三神の一柱 高皇産霊神を祀るのが高天彦神社で、金剛山系の白雲嶽をご神体としています。

 高皇産霊神は古代豪族 葛城氏の最高神で、天孫降臨の号令を出し、天照大神とともに高天原における最高意志を示す神として語られています。


少しアップにしてみました。ご神体は
社殿背後にそびえる神体山(白雲嶽)ですが、
近すぎてこの辺りからよくわかりません。



重厚感のある狛犬が神域を守っていました

狛犬の苔が周囲の自然と調和しています



手水舎では山からの湧き水を蛇口から放出されていました。凄い勢いですよ!少しでも新しい水が欲しくて蛇口に柄杓を出したら、跳ね返りで不覚にもビショ濡れになってしまいました。素直に溜め水を頂きました。


 境内で読書を楽しんでいらっしゃったご老人に橋本院へ行くことを進められたので、高天彦神社を出て教えられた方向に歩きました。集落を抜けて暫く進むと見晴らしの良い台地に出ました。
橋本院に向かう途中でみた風景。高天彦神社で気持ちよく涼んですっかり忘れていましたが、"史跡 高天原"も御所に来た目的のひとつでした。奥に繁る木々の向こうに奈良盆地を見下ろせるはずです。この辺りが"高天原"でしょうか。

振り返ると金剛山







もう少し歩くと駐車場の角に"史跡 高天原"と
書かれた石碑がありました
足元には案内版。やはりこの辺りが
高天原のようです。

案内版から推察すると、この辺りが高天原の北端のようです。この茂みの向こう側が急傾斜になって奈良盆地に繫がります。この台地から奈良盆地に瓊瓊杵尊
(ニニギノミコト)が降り立つと"天孫降臨"ですね。



2017年8月6日日曜日

はり新の観光案内(高鴨神社@葛城古道)

●京都の上賀茂・下鴨神社など、全国にある賀茂神社の総本宮といわれる葛城古道・高鴨神社に行ってきました。ここは数多くの神話や古代史の舞台になった地で、パワースポットやミラクルスポットとして有名な場所です。
高鴨神社 本殿前。一般に総本宮といわれる神社では、大きな境内、大きな鳥居と立派な本殿に圧倒されることが多いのですが、こちらの神社のそれらは決して大きくありません。しかし、本殿周辺の凛とした空気から神域にいる事を強く感じられてとても素晴らしい空間です。猛暑日に参拝したのですが、風が通り抜けてとても気持ちの良い境内でした。


 かづらき煌ネットワーク作成のパンフレットによると、この周辺は
『葛城と河内にまたがる金剛・葛城の山々は、神が宿る聖なる山として古代から人々に崇敬され、多くの神話や古代史を今日に残しています。今から12,000年前(縄文海進の頃)葛城の東の巨勢山との間に大阪の河内湖に連なる湖があり、山の幸や海の幸に恵まれ、古代葛城は豊かな文化を持っていたと伝えられています。この事が後の葛城氏や鴨氏の隆盛につながる素地となっていたのだと思われます。』と説明されています。

 ここはかつての大豪族 鴨氏が誕生した地。鴨氏は早い時期から高度な製鉄技術を有したそうです。また、天体観測を行い暦を作ることにより効率的な耕作方法を確立し、薬草を取り扱う薬学の知識も持ち合わせていたそうです。

 のちに日本最古の胃腸薬(陀羅尼助)を生んだ修験道の開祖 役行者も鴨族の出身だそうです。陰陽師 安倍晴明の師 賀茂忠行も鴨族の出身だそうです。

 その鴨氏が弥生時代中期に阿遅志貴高日子根命(あぢしきたかひこねのみこと)を祀ったのが、この高鴨神社の始まりだとか。

 この神社の西側には金剛山が迫り、金剛山の麓には「古事記」で神々が住まわれる天上界 "高天原" のモデルとも考えられる台地が拡がります。

 高鴨神社に参拝できた日は、大気の状態が非常に不安定な日でした。雲の切れ目から青空が見えていても、すぐに金剛山を越えた黒い雲に覆われて、さらに雲の切れ目から日が差し込んできて。これらの光景を見ていると、古代の人々が此の地に神がかった感情を抱くのも少し理解できました。


とても歴史のある神社のようです
茅の輪が用意されていました
神社境内から鳥居と茅の輪を眺めてみました
 
こちらの神社では夏越しの大祓式は旧暦で執り行われるようです。先日、大神神社で茅の輪をくぐらせていただいたのですが、(念のため?笑)こちらの茅の輪もグルグルと何度かくぐっておきました。


 ★ 後日ご紹介予定の高天彦神社は史跡 高天原の近くに
   ある神社です。高天彦神社に神職の方は常駐されていま
     せんので、御朱印は高鴨神社でいただく事になります。